それは日常から突然現れた。
それから私の人生は変わった。
この物語はあるサラリーマンの物語。
きっとあなたも・・・。
キャンプと俺
「ふぅ…」
私はデスクの前でひと息ついた。
片手にはコーヒーを持ち、今週最後のメール返信の内容を考えている。
これが終わればいよいよ明日は……キャンプだ。
金曜日の午後は翌日から始まる休日への期待でそわそわしてしまうものだが、その休日にキャンプの予定が入っているとなると尚更だ。
私がキャンプの魅力に取りつかれたのは半年ほど前で、まだキャンパーとしては駆け出しだ。
キャンプと出会うまでは正直なところ、自分の人生など何も面白くないとやさぐれていた。
しがないサラリーマンとして、毎日ロボットのように会社へ赴き、日が暮れてもなお無機質な蛍光灯の下でパソコンと向き合い、キーボードを叩くのだ。
会社を出てまっすぐは帰宅する。
妻と子どもはもう眠っていて、冷蔵庫から作り置きの食事を取り出し、電子レンジで温める。
ひとり寂しく食器を洗い、家族を起こさないよう音を立てずに布団に潜り込む。
翌朝は、妻だけが起きて朝食を作ってくれるので、少し言葉は交わすものの、ゆっくり語る時間は無い。
子どもはまだ眠っていて、寝顔を見てから家を出て会社へ向かう。
この繰り返しだった。
もっとも、基本的なサイクルは今も大して変わらない。
キャンプとの出会い
だが、私の人生はキャンプによって激変した。
出退勤時の電車の中ではくだらないネットニュースを見たりゲームで時間を潰したりしていたし、休憩中はデスクに突っ伏して仮眠を取っていた。
休日は、育児疲れの妻に代わって子どもの遊び相手をしながらも、隙を見てはゲームやマンガに手を伸ばし、時間を浪費していた。
この部分を、キャンプは大きく変えたのだ。
私がキャンプと出会ったのは、小さなスマートフォンの画面だった。
いつものごとく、出勤中にSNSを眺めていたら、目に飛び込んできた1枚の写真があった。
美しい夕暮れの山の風景だった。
キャンプ好きの友人の投稿で、家族でキャンプを楽しんでいる時のものだった。
何気なくスクロールしていた指が止まり、写真に目を奪われた。
胸が高鳴るのを感じた。何か、出会いめいたものを感じたのだ。
考えてみれば、休日は家でゴロゴロしている父親で良いものか、とふと悩む瞬間がよくあった。子どももすっかり慣れて、ゲームやアニメに夢中になっているが、もっと自然と触れさせた方が良いのでは……と思うこともあった。
「これだ……」
心の中で、そう呟いた。
キャンプなど、思いつきもしなかったが、この投稿を見て、やってみたいと思った。
キャンパーへの第一歩
しかし、困ったことにキャンプについては何の知識も無かった私は、どうしたらいいか分からなかった。
だから、SNSの投稿に自分もキャンプがしてみたいといったようなコメントを残してみた。
すると、なんとその友人からメッセージが届いたのだ。
この一通のメッセージが、私の、そして私たち家族のキャンプ人生の幕開けとなった。
友人は親切にキャンプのことを教えてくれて、私たちをキャンプに誘ってくれた。
妻に話してみると、予想外に乗り気で、私たちは友人一家とキャンプへ行くことになった。
そこで、私はキャンプの魅力に取りつかれたのだ。
自然と俺
毎日パソコンとスマートフォンの画面ばかり見て、電磁波を浴びまくっているためか、自然の中でマイナスイオンを体中に浴びるという体験が新鮮だった。
全身が浄化されていくようで、内側からデトックスされるようで、なんだか不思議な気分だった。
鼻先に感じる土や草、そして空気の匂い……
耳に柔らかく響く鳥のさえずりや葉のざわめき……
肌を撫でる優しい風や火のぬくもり……
目に飛び込む高い空や美しい星空、そして生き生きしたキャンパーたちの笑顔……
皆で味わう手作りのキャンプ飯の素朴な美味しさ……
そう、まさに五感全てが満たされていくような時を過ごしたのだ。
突然人生がハッキリと形を持って「見えた」ような気がした。
これまでは、ただ機械のように繰り返し繰り返し同じ日々を再生するだけだった。
だが、キャンプは違う。
自分の足で自然の中へと進み入り、自分の手で寝床を作り、自分の目で居場所を確認し、自分の手と口を頼りに食事を用意し、自分の好きなように自然を楽しんで眠りにつくのだ。
全てが自分主体で、とてつもない「生きている」という実感が全身を駆け巡った。
そう……「息を吹き返した」という表現がしっくりくるような、そんな気分だった。
キャンプは人生を豊かにする
それから私はすっかりキャンプにはまってしまった。
会社に通っている平日も、キャンプの情報や、熟練のキャンパーさんの動画を見て知識をつけるとともに「今度は自分もやってみよう!」とワクワクし、休日には高頻度でキャンプへ行くようになった。
友人家族と一緒になることもあったし、キャンプ場で知り合った仲間と一緒になることもあり、人とのつながりも私の人生を豊かにしてくれていると感じた。
子どもも、キャンプが大好きになり、キャンプ場で過ごしている時はスマホゲームなどそっちのけで、アウトドアを楽しんでいる。
虫や植物にも随分詳しくなった。それに、好き嫌いが格段に減った。キャンプ飯の凄さを思い知った。自分で作ったご飯というものが、こんなにも美味しいと感じるものか。そんなことを子どもは教えてくれた。
これからも家族揃ってキャンプの時間を大切にしていきたいと思っている。
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